January 2009
VIPワイドガイド:レスに使える画像集めようぜwwwwwwww →
必要があって古川日出男の『聖家族』をまた読みはじめたので、その感想を述べつつ、長めの追記を書いてみたい。
リチャード・パワーズの『われらが歌う時』を読んだ上で『聖家族』を読むと、この二つの巨大な作品がとてもよく似ていることに気づき、さらに面白くなる。『聖家族』における牛一郎、羊二郎、カナリアの三兄弟(妹)が、みごとに『われらが〜』のジョナ、ジョゼフ、ルースに重なるのは、さまざまな付合のうちの一つでしかない。牛一郎とジョナはともに「天才」(前者は音楽の、後者は戦闘の)であり、羊二郎とジョゼフは兄の天才性を物語る「語り部」的な立場にいる。もっともこのあたりはサリンジャーのグラース家サーガにおける長兄シーモアと弟バディの関係の反復でもあり、いわばアメリカン・ファミリー・ロマンスの常道かもしれない(舞城王太郎の奈津川家サーガも同様)。
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よく言われることだけど、「日本人はかつてはとても読書熱心だったが、いまはそうではなくなった」というのはウソである。そうでなかったら、年間9000億円もの書籍販売額...
– 2009-01-27 - 【海難記】 Wrecked on the Sea
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【書評】 「実践Web Standards Design」が名著すぎる - IDEA*IDEA ~... →
nanospectives:
泰:これ確かに名著。てか改訂版出たのか。どのくらい改訂してるんだろう。
Forever at the Victoria & Albert Museum on Vimeo (via Vimeo)
『ユリイカ』2月号特集「日本語は亡びるのか?」を読む。
まず、私の立場は、『日本語が亡びるとき』という本の主張は、「細かいところはともかく、大筋ではすべて間違っているんじゃないか」というものである。その根拠は以下のとおり。
1)水村さんがカノンとして読みつぐべきだとしている「日本近代文学」の定義がきわめて曖昧であること。明治(日露戦争前、戦後)、大正(震災前、後)、昭和(戦前、戦後)各時期の膨大な文学作品のなかから「近代文学」の正典を選択していく作業は、文学的であると同時にきわめてジャーナリスティック(=商業的)な営為であって、「日本語を守る」云々の議論とは本来、あまり関係がない。
2)水村さんの寄って立つ「文学全集」的な文学史観そのものが、20世紀の大衆メディア社会の産物なのだから、彼女の大衆批判は成り立たない。
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Yuki AOYAMA|Portfolio →
.: SUMO Paint :. →
Dreamweaverの代わりになるフリーソフト「Aptana」 - GIGAZINE →
/****避難用****/
現代の商業作品において実験は可能か、という問いについて、私は肯定的に考えている。しかしその一方で、ある種の実験が、商業作品でないと出来ない、言い換えれば先端的な技術を要する作品は、大きな資本の元でしか出来ない環境にもなりつつあるように思う。
映像における実験が、何を実験とするのか、いくつかの考え方があると思う。ただ単にインディーの個人作家の作品が、優れた作家性を持つものではない。実験を担保するものとして、まず考えられるのが技術的な更新がある。既存の技術をよりよいものにして映像にアウトプットする。もしくは、既にある技術の文脈でない技術で映像を作ることがある。そして、新しいロジックを持ち込むことも含まれる。もちろん両者がお互いに影響を与え合い、ロジックから生まれた、技術、技術によって変化する理論と、単純な区分けは難しい。...
"隙を作る"
中でも気になった言葉は
「モノローグ(独自型)」と「ダイアローグ(対話型)」のお話。それと「隙を作る」と言う事。
僕は完全に「モノローグ」型で完成形で提示してしまう傾向があります。他人が入り込むスペースが少ないというか、、、改めて実感。ウェブの世界は「ダイアローグ(対話型)」が展開しやすい場で、一つアジェンダに対して多くの人間がコメントなり対話なりする事で完成系に近づいていくといった醍醐味があります。(自己の再発見の余地がある。)そこで必要な事は「隙」という概念が必要で、糸井重里さんなんかはそれが非常に巧いですね。コピーの中に突っ込みどころというか絶妙な話言葉なんでそれを受け取った人が次の展開を行い易い。
これは非常に勉強になりました。人間性にも当て嵌まることなんだと思います。自己完結している人ってなかなか展開しづらいですから、、、敢えて「隙」を作る次の課題ですね。
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韓国には今年はじめにはコンビニよりも多い1万5千軒のパチンコ店があり、
3兆円市場になっていたそう。...
– 韓国でパチンコが禁止となったニュースを報道できない日本のマスコミ - なおすけの都市伝説と雑学 (via sakuma) (via ikumikumi)
峯田和伸の★がぶがぶDIEアリー:男たちへ。 ※女は絶対に読むな
ロック好きのアナルチルドレンども、おはよう!
かつて僕は不良に憧れた。まじで。
かつてといっても小学生の頃だけど。
僕の町では当時シンナーが蔓延していた。友達の家に遊びにいってファミコンでもしていると、そいつの親父が「おまえらこれでも吸っとけ」とシンナーをくれた。そんな町だった。
不良はいつもなにかに反抗しているようで、苛立っていて、目つきが鋭くとんがっていてかっこよかった。そして優しくもあった。
映画「ビーバップ・ハイスクール」を観て、TVドラマ「はいすくーる落書」を観て、山形新聞で何回も取り上げられた我が地元の中学校の校内暴力事件の記事をみて、僕も彼らのようになりたいと思った。
僕もいつか、必ず不良になろう! かたく誓った。
だがうまくいかなかった。
まず不良の第一条件、「怒り」が僕のなかに見当たらなかった。...
2009年、押さえておきたいウェブデザインの10のトレンド | コリス →
【10】ドングリで企画案を作る(自分編):日経ビジネスオンライン →
TYPE RHYTHM(旧20代デザイナーの文字組) →
日本に行った時、この本を買ったのだが、やはり本田宗一郎は賢い。彼は、消費者に何が欲しいか聞いてそこで一位になったものを作って販売する、という事に対して、死ねば良い...
– falsehope: It’s That Time (via anbt) (via kml) (via plasticdreams) (via yoosee) (via myuzu) (via nanospectives)
■ I. 視覚詩の出発と国際的な背景
□ 図1: オイゲン・ゴムリンガー「沈黙」1954年
□ 図2: デシオ・ピニャタリ「LIFE」1958年
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日本の視覚詩の事実上の出発点となったのは、北園克衛の1958年の作品「単調な空間」[1]と、1963年に刊行された新国誠一の処女詩集『0音』[2]である。しかし海外の視覚詩の状況とは無縁に、独自になしとげられたこれらの仕事を、国際的なコンクリート・ポエトリーの運動に結びつけたのは一人のブラジル人であった。1957年、ヴィニョ一レス(L. C. Vinholes)は東京のブラジル大使館に文化担当官として赴任したが、詩人であり作曲家でもあった彼は、間もなく VOU...
本を1冊盗まれる被害額は40冊売った時の利益と同じ
– asahi.com(朝日新聞社):「本、万引きしないで」非行防止活動続ける福岡の本屋 - 社会 (via tsukamoto) (via freedomcat) (via konishiroku) (via jinon)
これはもっともっと広く知られてしかるべき事実だと思う
(via nosouth) (via flood) (via tomisima)
(via rl8-1) (via nanospectives)
・鏡をよく見る
→内面に自信がない
→自分の存在を希薄に思っている...
– 初対面の相手もこれで丸裸に? 何気ないクセが表す、人間の本当の姿|トレンド|無料動画 GyaO[ギャオ]| (via biccchi) (via nanospectives)
【津田委員】
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– 文化庁 | 著作権 | 著作権制度に関する情報 | 文化審議会著作権分科会 | 私的録音録画小委員会 | (平成20年第4回)議事録
すばらしい。これ名スピーチだとおもいます。
(via yamato)
(via omolo) (via nanospectives)